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アントワネットとデュ・バリー夫人・・・の前に

前回・前々回ご紹介したカップ&ソーサー
オリジナル版の所有者について少々ご紹介。

まずはマリー・アントワネット。
かの女帝マリア・テレジアの娘で、フランスとオーストリアの同盟の為
当時のフランス王ルイ15世の孫・ルイ16世に嫁いだ悲劇の王妃。
数々の物語でもとりあげられているので
今更説明はいらないだろうか?

もうひとり、デュ・バリー夫人。
ルイ15世の寵姫。

ルイ15世はヴェルサイユ宮殿を建設した太陽王ルイ14世のひ孫にあたる。
政治にはあまり関心がなかったとされる人物で
ちょっとそこの王様!!
その分(!?)多くの愛人を持ち、私生活は奔放だったそうだ。

その数多くの愛人の中でも別格なのが「公妾(こうしょう)」。
生活費その他すべてが国費(の中の王廷費)で賄われ社交界へも出席する。
ただしその子供が王位に就くことはない(ここが日本の戦国で言うところの側室とは違う)。
デュ・バリー夫人の説明の前に紹介すべき重要人物がいる。
それは、ポンパドゥール夫人である。

彼女は貴族ではなくブルジョワ階級出身だが、貴族のお嬢さん以上の教育を受けて育つ
お金はたっぷりあるブルジョワ家庭だし
そして、非常に成績もセンスもよかった。
結婚を機に超一流サロンに出入りするようになったことで
その美貌がルイ15世の目に留まり「ポンパドゥール侯爵夫人」の称号を与えられ
夫と別居してルイ15世の公妾になった。

ここから彼女はお金を湯水のように使う使う。
現在のフランス大統領官邸エリゼ宮も元は彼女の邸宅の一つ。
ヴェルサイユの離宮プチ・トリアノンはルイ15世が
ポンパドゥール夫人のために建てさせたもの。
ただし彼女は生前に完成を見ることはなく、後にマリー・アントワネットが
このプチ・トリアノンの住人として君臨したあたり因縁を感じる。

ポンパドゥール夫人、お金も使ったが
非常に学芸に秀でた女性だったので様々なサロンを主宰し
多くの芸術家や思想家も育てた。
ポーセリンペインティングで言えば
ヴァンセンヌ窯をセーブルに移し王立窯としたのもポンパドゥール夫人。

しかも政治に関心の薄いルイ15世に代わって…と言い切ると語弊があるかもしれないが
様々な手立てて影の宰相として暗躍。
オーストリアの女帝マリア・テレジア、ロシアの女帝エカテリーナと
対プロイセン包囲網を結成(これが世にいう『3枚のペチコート作戦』)
女性同士とはいえ相手は国のトップ。ポンパドゥール夫人が
どれだけの権勢を誇っていたかおわかりいただけるだろう。
(ここでのオーストリアとの和解はある種歴史的和解で、のちに
 マリー・アントワネットがフランス王家に嫁ぐ下地になったとも言われる)
ポンパドゥール夫人の有名な決め台詞(?)は

「わたしの時代が来た」

…おそろしい!言ってみたい!!
ちょっと待て!!!

うわぁ、デュ・バリー夫人の話の前座だけでこんなに長くなってしまった!
すみません、また次回に続きます(^^;)

第1回マリー・アントワネットのカップ&ソーサーB
第2回デュ・バリー夫人のカップ&ソーサーE
第4回マリー・アントワネットV.S.デュ・バリー夫人

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